vol.3:舞台芸術活動における手話通訳(舞台手話通訳)の専門性(2019.4.1)
舞台手話通訳の現状と課題
聴覚障害を含む障害のある人々の舞台芸術活動(演劇、舞踏、音楽、歌舞伎、文楽等)については、2018年6月に「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」が施行されるなど制度の後押しもあり、今後参加機会が拡大していくことが期待されています。聴覚障害者についても、自身が舞台芸術活動を行なう際の支援はもちろん、舞台芸術活動の鑑賞についても文字通訳や手話通訳等のアクセシビリティの整備が進むことが期待されます。
しかしながら、手話通訳についていえば、現在のところ、舞台芸術活動における手話通訳(以下、舞台手話通訳)に特化した技術研修や養成等は公的には行われておらず、手話通訳者の力量や自助努力に委ねられている現状があります。一方、アメリカやイギリスでは、舞台芸術のアクセシビリティの1つとして、手話通訳が配置されている作品が定常的に上演されており、舞台手話通訳を専門とするフリーランスの手話通訳者や派遣会社も存在しています。
そこで本研究では、舞台手話通訳に特化した技術を明らかにし、聴覚障害者が舞台芸術を鑑賞する際のアクセシビリティを向上させることを目的として、アメリカやイギリスにおける舞台手話通訳の養成や研修の現状や、我が国で先駆的に上演された舞台手話通訳の事例分析等を行なっています。なお、本研究は、特定非営利活動法人シアターアクセシビリティネットワーク(TA-net)および演出家・劇作家であり舞台手話通訳の経験を多数持つ米内山陽子氏と協力して行っています。
舞台手話通訳の特徴
舞台手話通訳は多くの場合事前に台本を手に入れることができ、それに基づいた準備が可能という意味で「翻訳」に近いのが他の通訳と異なる特徴です。一方でアドリブを含めたハプニングの可能性もあるため、それに対応できる瞬発力も求められます。
手話への翻訳にあたっては、台詞が実際の舞台でどのような感情で発せられるのかを理解する必要があります。例えば「わかった」という台詞があったとして、それが悲しみを表現しているのか、喜びを表現しているのかは、実際の舞台でどう演じられているかによるものだからです。そのため、手話通訳者は演出の意図を的確につかむことが重要になります。そこで、適切な翻訳のためには、台本だけでなく稽古の映像を提供してもらったり、稽古に参加させてもらったりして、実際の演技を見ておくことが効果的であることがわかっています。
その他にも、例えば複数の役者の台詞をわかりやすく伝える「話者の明確化」や、効果音等の音情報を補足して伝える「状況通訳」の技術も舞台手話通訳では求められることが明らかになっています。
また、立ち位置や衣装、メイクなどについては、手話通訳利用者に見やすいだけでなく、舞台の世界観を壊さないことが重要な要素となるため、演出家や制作側との事前の相談が不可欠であることもわかっています。
これまでの研究成果
これまで、手話通訳者・聴覚障害者へのインタビューや舞台手話通訳の事例分析、アメリカ、イギリスにおける舞台手話通訳の視察調査等を実施しており、その成果の一部は本学リポジトリからご覧いただくことが可能です。
・ボストンにおけるアクセシビリティ公演ならびに舞台芸術手話通訳に関する視察報告
http://hdl.handle.net/10460/1871%20
・イギリスにおけるアクセシビリティ公演ならびに舞台芸術手話通訳に関する視察報告
http://hdl.handle.net/10460/1560
・舞台演劇に特化した手話通訳技術に関する一考察
http://hdl.handle.net/10460/1854
誰もが舞台芸術活動を楽しめる社会を目指して今後も引き続き研究を進め、舞台手話通訳者の養成・研修につなげていきたいと考えています。
写真の説明: 2017年7月に実施された「舞台手話通訳付きモデル公演『朝にならない』」(主催:特定非営利活動法人シアターアクセシビリティネットワーク、撮影:Hiroshi Kamakura、舞台手話通訳:米内山 陽子)の写真です。赤い衣装を着ているのが舞台手話通訳者です。一般的に手話通訳者が赤を着るのは珍しいですが、舞台美術や役者の衣装と雰囲気を合わせるためにこの衣装を選んでいます。
(障害者高等教育研究支援センター 助教 萩原 彩子/2019年4月1日)